令和の米騒動と食糧敗戦の危機:構造的崩壊への鈴木宣弘氏の緊急提言
文春新書 発売中!
『令和の米騒動 食糧敗戦はなぜ起きたか?』
食料安全保障の第一人者が示す、日本の主食を守るための構造と処方箋
著者: 鈴木 宣弘 (東京大学大学院農学生命科学研究科 特任教授)
価格: 990円(税込) / 2023年10月17日発売
危機的状況の背景:なぜ「食糧敗戦」は起きたのか
食料安全保障の第一人者である東京大学大学院農学生命科学研究科の鈴木宣弘特任教授は、新著『令和の米騒動 食糧敗戦はなぜ起きたか?』(文春新書)において、日本の主食であるコメを取り巻く危機を「令和の米騒動」と名付け、その根本原因が農協や流通の問題ではなく、長年にわたる農政の失敗農業政策の不備、特に減反政策と低米価政策を指すに起因すると断じています。これは、単なる市場の一時的な混乱ではなく、日本が「食糧敗戦」に向かっている構造的な崩壊の兆しとして捉えられています。
長期的な減反政策の限界と農家の疲弊
「米騒動」の根源にあるのは、1970年代から半世紀近くにわたり国が推し進めてきた生産調整政策(減反)米の過剰生産を防ぐ目的で、農家に作付け面積の削減を強制・誘導した国の政策の限界です。この政策は、コメの価格維持を目的としましたが、結果として農家がコメ生産への意欲を失い、構造的な供給能力の低下を招きました。
- 低米価の固定化: 減反政策と輸入米のプレッシャーにより、コメの販売価格が生産コストに見合わない水準に長期間固定化され、農家の利益率が著しく低下しました。
- 後継者不足の加速: 利益の出ないコメ作りからの離農が進み、高齢化問題が深刻化。日本の農業コミュニティの持続可能性長期的に農業を維持・継続していく能力が失われました。
- コメ供給能力の低下: 耕作放棄地の増加や優良農地の転用が進み、いざという時にコメを増産する余地が失われています。
国際環境の激変と食料輸入の構造
近年の国際情勢の激変も、この危機を増幅させています。パンデミックやウクライナ戦争などの地政学的リスク国家間の政治・軍事的な対立が経済活動にもたらすリスクが顕在化し、穀物や肥料、飼料の国際価格が急騰しました。
さらに、過去のアメリカとの関税交渉特定の品目の輸入関税率や数量制限について二国間で行われる交渉(特にウルグアイ・ラウンド以降)の中で、日本はコメのミニマム・アクセス(MA)最低限の輸入機会を設ける義務。国内で生産がない場合でも一定量を輸入しなければならない制度を飲むこととなり、自給率100%を誇ったコメ市場にも輸入拡大措置が組み込まれる構造となりました。これにより、日本の食料安全保障の根幹は既に弱体化していたのです。
「令和の米騒動」の現状と構造的なコメ不足
市場で確認されたコメ供給の構造的不足
2023年夏以降に発生した「令和の米騒動」は、スーパーの棚からコメが消え、小売価格が過去最高を記録するという形で国民生活に直撃しました。政府は備蓄米の放出や輸入拡大によって一時的な沈静化を図りましたが、鈴木氏の指摘の通り、この事態は単なる一時的な需給のズレではなく、構造的に市場へのコメ供給が足りなくなっていることの明白な証拠です。
危機を加速させる複合的な要因
- 気候変動による不作: 温暖化による記録的な高温は、コメの品質低下(白未熟粒の増加)高温障害により米粒が白く濁り、商品価値が低下することや収量減を引き起こし、供給量の不安定化を招いています。
- 生産資材の高騰: 原油高や円安の影響で、肥料や農薬、燃料などの生産資材農業生産に必要な種子、肥料、農薬、機械、燃料などの物資の価格が軒並み高騰。農家の経営をさらに圧迫し、作付け意欲を削いでいます。
- コメの用途拡大と備蓄の脆弱性: 食用米だけでなく、飼料用米や米粉用米の需要が増加する一方で、政府備蓄米食料安全保障の観点から国が非常時に備えて保管しているコメの在庫水準も、かつてに比べて柔軟性に欠ける状況にあります。
日本のコメ生産量推移(動的グラフ)
長年の政策がコメ供給能力に与えた影響を視覚化するため、コメ生産量の推移を示します。グラフは、生産調整と農家の減少に伴う構造的な減少傾向を明確に示しています。
根本的な課題:「規模拡大とスマート農業」神話の限界
現行農政の根本的な誤診
鈴木氏が最も批判するのは、「規模拡大とスマート農業と輸出」を連呼する現行農政の方向性が、真の危機解決につながらない点です。
- 「規模拡大」の限界: 規模拡大は効率化に貢献しますが、家族経営や中山間地域の小規模農業を見捨てることになり、国土全体の食料生産基盤農業生産に必要な土地、水、技術、労働力などの資源と体制を弱体化させます。また、大規模化してもコメの価格が低すぎれば、経営の安定にはつながりません。
- 「スマート農業」の過信: スマート農業は省力化に有効ですが、高額な初期投資が必要であり、疲弊した農家にその負担を求めるのは非現実的です。また、食料安全保障の核は「誰でも」「どこでも」作れる体制を維持することにあり、特定の技術に依存することは新たなリスクを生みます。
- 「輸出」の矛盾: 日本の食料生産の使命は、まず国民の主食を安定供給することです。国内の供給が構造的に不足し、価格が高騰している中で、輸出偏重の政策をとることは、国民の食を犠牲にするに等しいと指摘されています。
農村コミュニティの崩壊と多面的機能の喪失
コメ作りは、単に食料を生産するだけでなく、国土の維持、水資源の涵養、災害防止、伝統文化の継承といった多面的機能農業・農村が持つ食料生産以外の公益的な機能(例:治水、景観維持)を担ってきました。農家の疲弊とコミュニティの崩壊は、これらの機能の喪失に直結し、社会全体のコスト増大につながります。
統計・制度面での課題詳細
- 農業所得の低さ: 日本の農家一戸当たりの農業所得は主要先進国と比較しても極めて低く、これでは若い世代が農業を「職業」として選択することは困難です。
- 食料自給率の現実: カロリーベースで38%程度という低水準に留まっており、輸入依存度の高さが有事戦争や大規模災害など、国際的な供給網が途絶するような緊急事態の際の国民の生命を脅かしています。
食糧敗戦を避けるための構造的処方箋
鈴木氏の提言する処方箋は、対症療法的な備蓄米の放出ではなく、コメ生産を国の基幹産業として再生させるための抜本的な構造改革に焦点を当てています。
適切な米価水準の保証と生産コストの補償
最も重要なのは、農家が安心してコメを生産できる経済的環境の整備です。現在の市場価格に委ねるのではなく、コメの再生産価格農業経営を継続するために必要な、生産コストと適正な利潤を確保できる価格を国が保証する制度が必要です。
- 直接支払い制度の強化: 生産資材の高騰分や、農家の努力では吸収できないリスク(気候変動など)に対し、コメ農家への直接支払い生産量や販売価格に関わらず、国が農業者に対して直接支払う補助金を大幅に拡充し、所得の安定を図る。
- 減反政策の完全廃止と転換: 市場の需給調整は市場原理に委ねつつ、国は増産インセンティブとなる支援策に完全に転換し、コメ生産能力の回復を最優先する。
真の食料安全保障体制の確立
食料安全保障は、コメを含む主要穀物の国内生産能力の維持なくして語れません。輸入依存度を下げるための戦略的な政策が必要です。
- 多面的機能への報奨: 中山間地など、農業継続が困難な地域でのコメ生産に対し、食料生産だけでなく、国土保全という公益的機能に対して、十分な報酬を国が支払う制度を確立する。
- 種子・遺伝資源の保全: 種子法廃止優良な種子の安定供給を目的とした法律の廃止。公的種子の確保体制が懸念される後の種子の安定確保と、日本の優良な遺伝資源農業における品種改良の基となる生物の遺伝情報と多様性を守るための公的体制を再構築する。
- 食料備蓄の戦略的見直し: 政府備蓄米の目標水準を、単なる一時的な需給調整用ではなく、地政学的リスクに対応できるレベルまで引き上げ、備蓄のローテーションを柔軟に行う。
よくある質問と鈴木氏の提言に関する解説
Q: 「令和の米騒動」は本当に構造的な危機ですか?一時的な天候不順ではないですか?
A: 天候不順は引き金に過ぎず、構造的な危機です。鈴木氏は、長年の低米価政策と減反により、コメ生産の余力(遊休農地現在作物が作付けされていない農地。増産余力ともなる)が尽きてしまった点を指摘しています。農家が利益を出せないため、本来、天候不順を補うための増産意欲や体力、生産基盤(設備投資)が失われていたことが、今回の事態を深刻化させた根本要因です。
Q: 消費者として、食料安全保障のために何ができますか?
A: 鈴木氏は、消費者が「食べること」と「食料生産」のつながりを再認識することを求めています。
- 適正価格での購入: 安価なコメを求めるだけでなく、農家の再生産を支える適正な価格でのコメ購入を意識すること。
- 国産・地元産を選ぶ: フードマイレージ食料の輸送距離が環境に与える負荷を示す指標の観点からも、国産、さらには地元産の農産物を積極的に選ぶこと。
- 政治への関心: 農業政策の重要性を理解し、食料安全保障を重視する政治的選択を行うこと。
Q: スマート農業や大規模化は、やはり日本の農業に必要ありませんか?
A: 鈴木氏は、スマート農業や大規模化を「不要」とはしていません。これらはあくまで「手段」であり、目的ではありません。これらを推進する前に、まずコメの生産維持コメの生産基盤と生産量を維持することに対する十分な経済的インセンティブ(米価の保証)がなければ、これらの技術は一部の資本家農業にしか適用されず、小規模農家や中山間地を切り捨てる結果となり、却って国全体の生産能力を落とすことになると警鐘を鳴らしています。
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